ALC ビル 診断 仕入  レニングラードはヨーロッパの香!!青銅の騎士像の前で:崩壊前のソ連、不思議で素朴な国14日間旅行記

 レニングラードはヨーロッパの香!!青銅の騎士像の前で

レニングラードはヨーロッパの香!! 青銅の騎士像のまえで

レニングラードには2泊する事になっていました。
街を歩いて帰ってきて夕方疲れてちょっと休んでいたら、
ホテルの部屋の電話が鳴り私しかいなくでました。
フロントからの電話で、英語でした。
レニングラードからハバロフスクへの飛行機の事を言ってるようでしたが良くわかりません。
それでも何回か聞き直してやっと言いたいことがわかりました。


このころになると、あまりわからないロシア語より
まだ少しはましな英語を聞くとちょっと安心するような気分になっていました。


二日後にハバロフスクまで乗る予定だった飛行機だったが、
実際はその前の日、つまり明日にしか飛ばないとのこと。どうすればいいか困った。
確認のためフロントに行ったら明日空港に来れば大丈夫にしておくとのことだった。
2泊の予定だったレニングラードを1泊で去らなければならなくなった。



ハタボノフにはレニングラードにはちょっとした思い入れがあった。
当時アルバイトをしていたデザイン事務所でやっていた雑誌で、以前レニングラードの特集があり誌面作りを手伝ったことがあった。地図づくりをしたり、レイアウトにしたがい、写真のトリミング指示のスケッチ、通称アタリを取ったりしていました。kisi.jpg奇麗な写真の中に 「青銅の騎士像」というモノの美しい写真がありました。半分シルエットになりバックは赤く夕焼けのように見える。でもこれは朝焼けかもしれない。その微妙な色、どちらか判らない。なぜかそれが非常に気になって確かめてみたいという気持ちだった。


他にも地図づくりで出てきた本屋やアクセサリー民芸店など、あるいは街のシンボルとして橋や交差点にある彫刻などをのぞいてみたかった。
さらに帝政ロシア時代の宮殿、エルミタージュ美術館、大黒屋光太夫の遺品などの残る博物館など見てみたかった。



すなわち今回の旅行で唯一予備知識があった場所であった。
それなのに残念ながら日程が一日減ってしまった。
夜はみんなとレストランで食事をしようということになっていたので、
ほんの2時間くらいだったが、「それまでには戻る」という約束で、
また一人カメラをかかえて青銅の騎士像を見に行ったのでした。


人任せでなく自分一人での行動は、他の時よりやはり記憶に深く刻まれている。
はたして雑誌で見たあの写真は、朝焼けだったのか夕焼けだったのか?
朝焼けでした。でも反対からとればちゃんと夕焼けもとれる位置であった。
一生懸命いいアングルを探し写真をとったのでした。


でもエルミタージュ美術館の真横を通ったのに、その素晴らしい建物がエルミタージュだとは気がつかずに中に入るはおろか、正面にまわってみることすらしませんでした。残念、残念。