崩壊前のソ連、不思議で素朴な国14日間旅行記

ごあんない

はじめに

この旅行記は、ロシアが、まだ旧ソ連の時代で、ゴルバチョフが書記長になってまもなくの1985年3月、大学の卒業式にも出ずに14日間の旅へ。と旅立ちました。
ツアーへの申し込み者が少なく、結局申し込んでいたもう一人・Hサカ氏を含めた友人2人と4人組での個人旅行となりました。

当時ソ連はペレストロイカ政策に移行する前、秘密のベールで包まれて情報がほとんどない、何か危なっかしく怪しげな国へ当時人気を博していた椎名誠の旅行記のようなドタドタ旅行でした。


現在のロシアとは違う社会主義末期の危うさと素朴さが同居した旅の話をイラスト,写真とともにお楽しみください。

>>ロシアツアー旅行をお探しは信頼のJALで!

地図


新着記事

1985年…そのころ

このソ連旅行の、1985年の3月当時は
どんな時代だったのでしょうか。


●当時の総理大臣は中曽根康弘、第二次中曽根内閣の時です。

●この年4月1日、日本電信電話株式会社が民営化される。
ちなみにNTTの名前は民営化前より使われていました。


●同日に専売公社が民営化され「JT 日本たばこ産業」がうまれる。


●3月14日、上越新幹線が、大宮から上野までの区間が開通。
我々もこの旅行で開業二日目に上野から新潟まで乗車しました。


●筑波での科学万博がはじまったのは3月17日。
同年9月16日までの184日間、開催されました。
つくば帰りの外国人旅行客との出会いもありました。


●夏には、御巣鷹山に日航機が墜落という悲しい出来事が起きました。



【スポーツ】
●両国国技館が落成。大相撲の元理事長である北の湖が引退。
この旅行中の3月場所は朝青龍の師匠の高砂親方の大関朝潮が初優勝。

●日本ラグビー選手権では新日鉄釜石が7連覇達成。
その後のチームが東日本大震災で被災されても頑張っておられるようですね。

●プロ野球は21年ぶり阪神が優勝。バースが3冠王をとりました。
元中日監督の落合博満もこの年パリーグで3冠王をとりました。



【芸能】
●この年の流行歌
中森明菜『ミ・アモーレ』  吉幾三『俺ら東京さ行ぐだ』
松田聖子『天使のウィンク』   中村あゆみ『翼の折れたエンジェル』
おニャン子クラブ『セーラー服を脱がさないで』
井上陽水『いっそセレナーデ』 C-C-B『Romanticが止まらない』など



●テレビ
アニメ、「タッチ 」「ハイスクール!奇面組」など
ドラマ「ふぞろいの林檎たち」「金曜日の妻たちへ」など


●この年の公開された映画
『愛と哀しみの果て』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『コクーン』
『ネバーエンディング・ストーリー』『ターミネーター』など



【この年生まれの有名人】
蒼井優、相武紗季、石川梨華、大沢あかね、綾瀬はるか、中川翔子、上戸彩、
ウエンツ瑛士、加藤ローサ、斉藤慶太・祥太、田口淳之介、松田翔太他

横綱白鵬、ゴルフの宮里藍、横峰さくら、 サッカーの平山相太、
フィギュアの中野友加里、ソルトレークフィギュア金メダルのサラヒューズ他


ハバロフスク空港での出来事

renko.gif春の気配が近づく東京。
上野、大宮間、開業後数日の上越新幹線に乗って、日本からのソ連への出発の地、新潟へ向かいました。
ぶ厚いコートはそろそろいらなくなりそうな東京でしたが、ソ連の寒さはどの程度かわからずコートの中に革ジャンを着ており着膨れでたいへんでした。



新潟空港よりアエロフロート機に乗り、ハバロフスク空港に着きました。
まだ旅行が始まってまもないここですでに事件?!はおきてしまいました。



当時、飲み放題・食い放題には何でも目がなかった私、ハタボノフは、機内でワインをぐびぐび飲んでしまっていて、まだ見ぬ怪しげな国への旅への期待もあり、ほろ酔い気分で入国審査を受けました。

そして次は税関を通るので財布を出して…と思ったら財布がない…?
「うそだろ!これから旅行が始まるというのに…。あれ、なんでだろう…」
「そうだ機内で計算し申告書類を書き込んだ時に財布を出した。」
「じゃあ機内に落としたか忘れたかしたのだ。」
「もう入国審査は終わって機内には戻れないのにああ~どうしよう」


とおろおろパニクっていた私をオーリャが見かねて一緒に飛行機に乗ってきたツアーの添乗員の方に話してくれ、その人がロシア語で近くにいた空港の係員に掛け合ってくれました。


「そうかしょうがねえなこっちへ来い」という感じに柵を開けて中に招き入れられました。前後2人ずつ兵士に囲まれて、まるで連行されて行くかのように飛行機まで連れて行かれました。

isu.gif飛行機のタラップからはスチュワーデスや乗員が「もう掃除も整備も終わったぞ、どうだこのやろう!」と言う感じで降りてくるところでした。
そして怖そうな顔でこっちを見ながら
「なんだなんだこいつは」
「何があったんだ、財布!そんなもんなかったぞ」
「でもこのバカな日本人がねえってんだから」
「しょうがねえな、昇って勝手に見て来いよ」
などと言っていたんでしょう、たぶん。



それで機内に入って自分の座っていた場所へ行ってみたけれど奇麗に片づいていて何もなく
も〜冷や汗をだらだら流しつつ必死に探し、それでもなんとか、幸運にも、やっとの思いで見つけました。



どこにあったかというと、なんと椅子の下の脚との間に挟まっていました。うーん、何てラッキーなんだと言う感じで周りのロシア人に「ありがとう」と言おうと思ったのだけれど、その時はロシア語で「ありがとう」も「こんにちわ」すらも知らない自分に気が付きました。


何ともはじめからアクシデントというかドジな私、ハタボノフでした。
さあこれからどうなるのやら。


ハバロフスクの市内を散策の時に

一夜明け、朝食後、雪がわずかに舞うような寒さのソ連二日め。
ハバロフスクの町を歩いてみた。
静かな佇まい。頑固そうなおばあちゃん。
フムフムと歩いていたら、向こうから3・4人の若い男が現れた。
どう見ても柄の悪そうな”愚連隊”と言う感じの奴等だ。
明らかに警戒するハヤサカ氏。身構える我々。

「チンチン・カムカム」なんのこっちゃ!!
オオリャの解釈ではchainge.chainge.come.comeということらしい。
どういうことなのかと話を聞いてみると、近くにある外貨ショップである「ベリョースカ」に行ってフィリップモリスとかマルボロとかの海外たばこを買ってきてくれと。gurentai.gifそれと彼らが持ってるキャビアの瓶詰めを交換してくれということらしい。


なんか怪しげな話だし、チェンジ自体もやってはいけないことなのだが…。止めようとするオーリャとヤマチャノフスキー。一歩引いて関わりがないようなふりをするハヤサカ氏。
ハタボノフは悪いことでだまされてるような気がしたが、「面白そうだから、まいっか。」とその話に乗ったのであった。

交換したキャビアの瓶詰めはひとつ。煙草ワンカートンとの値段の差はどうなのかわからないし、キャビアの瓶詰めがちゃんと食べれるものなのか、あるいは賞味期限がどうなのかは全然わからない。ちょっとしたスリルと冒険をしたような気になった。

結局そのキャビアの瓶詰めは後日、食べるのも恐いので、川に捨てたのでした。
あ〜もったいない、もったいない ^_^